不定期記事「探索者」

作成日:2014/11/26
最終更新日: 2016/07/23
作成者:しんどうまさゆき

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本節では、ヨーロッパ地域にあるインド・ヨーロッパ語族以外の言語の数体系について概観したい。当記事は数体系の考察の番外編として執筆した。

<ハンガリー語はインド・ヨーロッパ語族ではない>
ハンガリー 1 国名(Wikipedia)

上ページからの抜粋だが、ハンガリーは東欧、あるいは中欧にある国だ。「ハンガリー」とは英語での呼び名であり、原語(ハンガリー語)での正式名称は「マジャロルサグ」というそうだ。同様に、ハンガリー人や国名のハンガリー(正式名称ではなく通称)は、原語で「マジャル」という。ハンガリー語は「マジャル語」と呼ぶのが原語方式になる。

マジャル人 2 起源(Wikipedia)

上ページによると、ハンガリー国の歴史上主要な民族がマジャル人だ。彼等は古くはウラル山脈の中南部に住んでいたが、9世紀にヨーロッパへの移住を開始し、間もなくハンガリー平原に落ち着いたという。。

ハンティ・マンシ自治管区・ユグラ(Wikipedia)

上ページによると、ロシア連邦に属する地方自治体に「ハンティ・マンシ自治管区・ユグラ」がある。これはウラル山脈の東側、西シベリア平原の西部に位置しており、マジャル人の出身地に近い。この地域に住む少数民族に「ハンティ人」および「マンシ人」がおり、それぞれ「ハンティ語」「マンシ語」を話す。この言語はハンガリー語に近いそうだ。

ウゴル諸語(Wikipedia)

ウラル語族(Wikipedia)

ハンガリー語、ハンティ語、マンシ語はウゴル諸語に属する。ウゴル諸語を含めた更に大きなグループにウラル語族がある。ウラル語族の言語にはフィンランド語などがあり、言語上の遠い親戚になる。ウラル語族は主に北欧、ウラル山脈、北極海沿岸に分布している。ハンガリー語は移住によって、他とは大分離れた地域にある。

ハンガリー 8 国民(Wikipedia)

上ページによると、ハンガリー人(マジャル人)の人名は、正式に表記した際に姓が名の前に付く。しかし、DNA分析によるとハンガリー人はコーカソイドに分類される(コーカソイドは俗にいう白人だが、中東やインド亜大陸に居住したコーカソイドは肌が浅黒い)。モンゴロイド(俗にいうアジア人、黄色人種。ただし、肌の色は淡黄白色から褐色までかなりの幅がある)ではないのだが、コーカソイドの別の一派であるインド・ヨーロッパ語族とは言語・文化が違う。ウラル語族はユーラシア北方が起源で、インド・ヨーロッパ語族はユーラシア中央が起源かもしれない(ただし、インド・ヨーロッパ語族の起源(印欧祖語)はよく分かっていない。文字による記録がない上に、各言語の分布があまりにも広く発生地を特定できないからだ。ユーラシア中央起源説は私の想像に過ぎない)。

<ハンガリー語をはじめ、ウゴル諸語の数体系>
ハンガリー語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

Khanti language 5.3 numerals(Wikipedia:en)

Mansi language 5 numbers(Wikipedia:en)

ウゴル諸語の数体系を上に列挙した。インド・ヨーロッパ語族の言語とは語彙が全く違うことが分かる。数体系の詳細がハンガリー語しか分からなかったが、十進法のみを用いているようだ。そして、11から19までが「一の位+十の位」形になっている。前回記事で、インド・ヨーロッパ語族がしばしば11から19までで「一の位+十の位」形を用いる理由を考察した。ハンガリー語はインド・ヨーロッパ語族ではないのだが、「一の位+十の位」を用いている。インド・ヨーロッパ語族に合わせたのか、片手で20まで数える方法を彼等も用いたのか、この辺りはよく分からない。

なお、前回記事は以下からご覧頂きたい。

ヒンディー語とサンスクリット語の数体系について考察したい。

<フィンランド語もインド・ヨーロッパ語族ではない>
フィンランド 1 国名(Wikipedia)

上ページからの抜粋だが、フィンランドは北欧諸国の一つだ。「フィンランド」とは隣国のスウェーデン語および英語での呼び名であり、歴史を遡るとローマ帝国が「フェンニ人」と呼んでいる。原語(フィンランド語)での正式名称は「スオメン・タサヴァルタ」というそうだ。同様に「フィンランド語」および「国名のフィンランド」は通称「スオミ」という。

フィン人(Wikipedia)

フィンランドの主要な民族はフィン人だ。遠く遡ればマジャル人と祖先が共通で、コーカソイドだがインド・ヨーロッパ語族ではない。紀元前3000年ごろから北欧に定住しているらしい。

バルト・フィン諸語(Wikipedia)

上ページによると、バルト・フィン諸語は先に紹介したウラル語族の一派だ。ロシア語が広まる前は、スカンジナビア東部、バルト海東岸、ロシア北西部の土着言語だったという。現代ではフィンランド語、エストニア語、カレリア語がバルト・フィン諸語に属する。余談だが、ウラル語族の別派はウラル山脈西部に存在する(ペルム諸語に属するコミ語など)。国で言えば、ロシア連邦内の自治体であるコミ共和国、ペルミ地方などに相当する。

<フィンランド語をはじめ、バルト・フィン諸語の数体系>
フィンランド語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

エストニア語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

Numbers in Finnic languages(Omniglot, カレリア語(Karelian)の数体系が確認できる)

バルト・フィン諸語の数体系を上に列挙した。ウゴル諸語と同じく、インド・ヨーロッパ語族の言語とは語彙が全く違う。そして、十進法のみを用いており、11から19までが「一の位+十の位」形になっている。

スカンディナヴィア(Wikipedia)

上ページからの抜粋だが、スカンディナヴィア諸国とは「スウェーデン、ノルウェー、デンマーク」の三国を指すという。歴史上「北欧」は前述の三国の領域を指したが、ナポレオン戦争によりフィンランドがスウェーデン領からロシア領になった後、北欧に変わってこの三国を現す新しい呼び名が必要になり、スカンディナヴィアという単語がこの役割を担うこととなった。フィンランドは本来はスカンディナヴィア諸国に含まれないという。なお、スウェーデン、ノルウェー、デンマークでは、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語が公用語だ。これらはゲルマン語派に属する。数体系は英語と同じ構造だ。政治上の区別が言語の区別とたまたま同じになったことになる。

<バルト三国はバルト・フィン諸語とバルト語派に別れる>
話が変わるが、「スカンディナヴィア諸国」に似た事例として「バルト三国」がある。

バルト三国(Wikipedia)

上ページから引用する。「バルト三国(バルトさんごく)とは、バルト海の東岸に南北に並ぶ3つの国を指し、北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニアである」エストニア語はバルト・フィン諸語に属する。エストニアは言語上フィンランドに近い。ところが、ラトビアおよびリトアニアの公用語であるラトビア語とリトアニア語は、インド・ヨーロッパ語族のバルト語派に属する。

バルト語派(Wikipedia)

上ページによると、バルト語派はロシア語などのスラヴ語派と最も近い関係にあるという。

<バルト語派の数体系>
リトアニア語 3.8 数詞(Wikipedia)

ラトビア語会話集 数字(Wikitravel)

バルト語派の数体系を見ると、語彙がロシア語に近い。11から19までが「一の位+十の位」形で、十二進法や十六進法を含まない点もロシア語と同じだ。

<幻の国プロシア>
プロシア語(Wikipedia)

余談になるが、バルト語派の死語の一つにプロシア語がある。上ページによると、東プロイセン(現在のポーランド北東部とロシア カリーニングラード州)の先住民族プロシア人(プルーセン人)が話していた言語で、13世紀に始まるドイツ人の植民以降に勢力を失い、18世紀初めには使われなくなったという。中世にドイツ騎士団国(チュートン騎士団)がプロシア人を征服し、次第にドイツ語を使うようになり廃れていったそうだ。

プロイセン(Wikipedia)

カリーニングラード州(Wikipedia)

ドイツ騎士団国がプロシアを征服してから、ドイツ人の植民が進む。そして、ドイツ人の国家であるプロイセン王国が生まれる。プロイセンはドイツ人の辺境の地だったが、次第に勢力を伸ばし、長い間小国(都市国家)の連合だったドイツ人地域を19世紀にほぼ統一する。

更に時代を進めると、第一次世界大戦でドイツは敗戦し、東プロイセン地方はドイツの飛び領土となった。第二次世界大戦でドイツは再び敗戦し、プロイセン地方の人々はソ連軍を恐れ、難民となって西方に逃亡した。プロイセン地方はソ連とポーランドの領土となった。カリーニングラード州がロシア連邦の飛び地になったのは、このような歴史的理由がある。

プロシア人とプロシア語はいずれも滅んで久しいが、まるでプロシアという国が現代もなお残っているかのような状態になっている。プロシア人の霊か何かが残っているのではないかと思いたくなる。

<インド・ヨーロッパ語族の隣人、テュルク諸語>
トルコ語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

Azerbaijani language 8.1 Numbers(Wikipedia:en)

Turkmen language 6.1 Numbers(Wikipedia:en)

Kyrgyz phrasebook Numbers(Wikitravel:en)

Kazakh phrasebook Numbers(Wikitravel:en)

ウイグル語会話集 数字(Wikitravel)

サハ語 5.1 数字(Wikipedia)

テュルク諸語(Wikipedia)

アルタイ諸語(Wikipedia)

今回は数体系の考察の番外編と名乗ったとおり、数体系の考察は浅くとどめ、言語の区分が地理的区分と異なることや、その歴史的背景を調べてまとめた。高校世界史や地理の教科書では、多分取り上げていない事項だ(少なくとも私は習わなかった)。紙幅や授業時間の制約で割愛しているのだろう。ただ、現地に赴く人にとっては気にするべき情報だ。言語や民族の知識を詳細に得るには、学校教科書では足りない。Wikipediaのような百科事典の役割は大きい。

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<補足、世界史教科書は電子書籍化されている>
山川のアプリ・電子書籍(山川出版社)

高校日本史・世界史教科書の老舗に山川出版社がある。私は高校生の頃、山川の教科書や用語集と、ある名物教師によって世界史を習った。これは高校生活の中でたいへん面白い体験の一つだった。

2010年代は電子書籍が流行りだした時代だ。上ページのように、山川の教科書が電子書籍になって入手できるのは非常に有益だ。私が学生の時分は(1990年代)、学校指定の教科書と副読本(世界史資料集)を購入した。学術的な正確さを保証されているのは、電子書籍の「山川世界史小辞典」なのだろうが、今はWikipediaの歴史記事も質が高い。

第242回 質問「これからを担う日本人として、知っておくべき歴史上の出来事や人物を教えてください。」
(ポッドキャスト 石原明の経営のヒント+)


「営業、販売のしくみ作りや、人材育成、組織化などに発展する経営についての情報を発信している」石原明.com では、上ページのような教育・啓発目的のポッドキャストを配信している。上ページでは、社会人が歴史を学ぶ意義を解説している。「歴史を知ることの価値として、通常であれば自分の人生サイズである100年弱にとどまってしまう人間としての思考が、より広く大きなスコープで持てる」そうだ。例えば、バブルがはじけるのは今に始まったことではなく、1637年にオランダで「チューリップ・バブル」が起こっている。バブルがはじけた日付は分かっているが、バブルをもたらした原因が何であるのか、いまもって明らかにされていないという。

「外国語の数体系」についての私の一連の連載は、高校世界史・地理教科書の内容に留まらず、大学の(一般教養科目の)言語学の授業で扱う知識を多分に含んでいる。ただ、こういった専門性の高い内容も、さわりの部分ならば高校教科書で抜粋・編集されつつ取り上げられている。「インド・ヨーロッパ語族」「ウラル語族」は言語学の用語だが、世界史教科書でも解説される。反対に、世界史教科書の用語が世界史以外の分野で現れたら、それは重要な知識である可能性が高い。学校の勉強の意義は、体系的な知識を得ることにあるという。「何が初歩であり、重要か」を区別できる利点が教科書にはある。

かつて世界史を習った方も、時折復習が必要になる。歴史の研究は日々進んでおり、従来の知見が覆されることがしばしばあるからだ。「黄色人種」「白色人種」という人種の分類方法は曖昧なため、「モンゴロイド(肌の色は黄色とは限らない)」や「コーカソイド(肌の色は白色とは限らない)」という分類に改まっていることは私も初めて知った。

謎の文明 マヤの実像にせまる
(NHKカルチャーラジオ「歴史再発見」2012年7〜9月)


NHKカルチャーラジオ「歴史再発見」では、歴史研究の最前線が発表されている。四大文明という呼び名は適切でなく、中米・南米の文明も含めて六代文明とするのが世界の趨勢になっているなど、常識が覆る体験は次々と起こっている。

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