お薦めの本

最終更新日: 2008/10/27
作成者:しんどうまさゆき

ホーム > お薦めの本 >

  • 「こころ」はどこで壊れるか
  • 「こころ」はだれが壊すのか(滝川一廣著、洋泉社刊)

1990年代後半から、10代の少年・少女が狂気に犯されたような凶悪犯罪を 起こし、テレビ・雑誌で頻繁に取り上げられた。 マスコミの報道を聞く限り、この数年で少年少女の凶悪犯罪は 急増しているように見える。

しかし、この本を読むと、事実は全く違うことが分かる。私自身も驚いたが、 少年犯罪の発生件数は、最近30年間、非常に低い水準を保っているそうだ。 また、世界的に見ても、日本は少年少女の凶悪犯罪がきわめて少ないという。 では、なぜマスコミは事実とおよそ反する報道をするのか? そのからくりはこの本におおよそ書いてある。 マスコミの報道がしばしば表面的になることの良い見本を描いている。 また、統計を調べることの大事さも分かる。

もっとも「『こころ』はどこで壊れるか」の本題は、 精神病の原因やその治療法についてだ。 1990年代に入って知られるようになった「引きこもり」「摂食障害」 「不登校」「ADHD(注意欠陥多動性障害)」などについて解説する。 また、現代社会が精神病を起こしやすい環境だということにも言及し、 健常者の精神衛生を保つ方法にもアドバイスをする。 百科総覧的な本ながら、インタビュー形式になっているので読みやすい。 精神医学の面白さ、効き目、限界が分かる良書。

「『こころ』はだれが壊すのか」では、問題をすぐ精神医療にゆだねてしまう 社会への批判、学校現場に競争は必要か、精神鑑定で「詐病」は見抜けるか、 といったことを論じている。

滝川氏の論調を一つ引用したい。「たいせつなのは、いきりたつ正義ではなく、 全体をバランスよく視野において最善を考える知恵だと思います」 (「こころ」はだれが壊すのか、pp.194)の好例だ。

現在の児童養護施設の基準では、3歳以上の幼児4人に対してスタッフ1人、 6歳以上に対しては6人に1人という職員配置です。76年以来、この基準に 据え置かれています。交代勤務ですから実質は子供十数人に1人という手薄さです。 大半の施設では40名から80名という大規模な集団生活です。100名以上という 施設もたくさんあります。これで子どもが育てられますか?虐待防止法の 施工された年には約2,600人の子どもが「虐待」を理由に家庭から離されました。

けれども、30,000人を超える子どもたちがこんな養育状況に置かれているのです。 これをそのままにしていながら、なにが「虐待防止」でしょうか。 現在の虐待防止ムーブメントには、なさっている一人ひとりは誠意でも、 どこか社会の自己欺瞞があるのですよ。その皺寄せを一身に受けるのは、 施設のスタッフと子どもたちです。

(中略)虐待を受けてきた子は、施設集団の中で、受けてきた虐待を子どもの間で 再現しあいます。強い子が弱い子を虐める、攻撃する、そういうことが 次々起きます。スタッフも、それがわかっていながら、子どもたちを それから護りぬくにはとうてい手が足らないのです。

(中略)「善いこと」を本気で推し進めるにはコストがいります。 わたしたちの社会がこの問題に「掛け声」ではなくて「コスト」を、 どれだけかけるつもりがあるかの問題でしょうね。 1,000人に1人ほどは家庭養育が困難なケースがどうしても出てくるのは、 子育てというものの定めかもしれません。この定めに対して、地域のなかに 一般家庭サイズの小さなホームをいっぱい分散させて、人々の身近に溶け込んだ かたちで濃やかなケアができるシステムがベストでしょうね。社会にとって、 長い目で見れば、これがもっともコストパフォーマンス(費用効率)の よいシステムだと思います。(「こころ」はだれが壊すのか、pp.107-111)