不定期記事「探索者」

作成日:2014/10/10
最終更新日: 2016/07/23
作成者:しんどうまさゆき

ホーム > 不定期記事「探索者」 >

本節では、日本語等の数体系を概観してみたい。

<日本語の数体系は二本立て>
日本語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

古代日本語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

上ページを見れば分かるが、日本語の数体系は単純な10進法であり、さらに二本立てになっている。日本語は中国語という外国語の影響を受けており(あるいは、漢字文化圏に属しており)、数体系に漢語式(漢数字)と和語式の二者がある。「日本語の数体系」が漢語式で現代日本の主流、「古代日本語の数体系」が和語式で現代日本の傍流だ。日本古来の固有語である和語が、数を呼ぶという日常頻繁な用途なのにあまり使われないのは、言語の機能性を考えると奇妙な現象だ。

「日本語の数体系」ページの末尾にはこうある。「漢数字の元々の読み方はすべて呉音だが、四、九の呉音「し」、「く」は「死」、「苦」に通じ、また七の呉音「しち」は「いち」と紛らわしいので、置き換えられた。」読み方が置き換えられた数には「し(四)」→「よん」、「しち(七)」→「なな」、「く(九)」→「きゅう」がある。これらについては更にこうある。「現在、四、七、九の呉音は「四月(しがつ)」、「七月(しちがつ)」などの熟語にしか使われないので、標準的な読み方とは言えない。また数を下から「一、二、三、四」と数えるときは決まり文句なので「し」や「しち」も使うが、逆順に「十、九、八、七」と数えるときは数として扱うので「よん」や「なな」しか使わない。」

「四」「七」「九」に読み方が複数あり、文脈によって使い分けるのはややこしい規則だ。他の単語と紛らわしいゆえに数を読み替えることは、単語の作り方に計画性がなく、その場しのぎだった証拠だ。数を下から「一、二、三、四」と数えるときは「し」や「しち」を使い、逆順に「十、九、八、七」と数えるときは「よん」や「なな」しか使わないのも奇妙だ。順番が変わっただけで数の読み方が変わることに、必然性はない。下から数えるときは決まり文句、上から数えるときは数として扱う、というのは情緒的に過ぎる。それなら逆も許されるべきではないか。逆を認めることで、文学の新しい地平が開かれるとは考えなかったのだろうか。こういった混沌を排除するために、人工言語が発明されている。エスペラント語やロジバンこそ、人類共通語としてふさわしい。

などと、日本人である私が日本語の数体系に難癖をつけてしまった。しかし、この不平は外国語としての日本語学習者が持ちうる感情だ。日本人も、外国語の数体系が日本語のそれと異なることに不平不満を覚えることがある。

自然言語には、一般にこのような非論理性、不合理性がある。おかしいのはお互い様だ。母国語と外国語を比べて、一方に(あるいは自然言語全体に)ケチをつけることは簡単だが、それだけでは言語学習の意欲を削ぐ効果しかない。「長いものには巻かれろ」という諺があるが、外国語学習では相手の流れ(外国語の癖)に乗る必要がある。最初は深く考えずに暗記し、次第に語彙が増えることで癖も分かり、言語への批判や賞賛が高度な次元で行えるようになるものだ。大人げない悪口は漫才のネタで使えばよい。

<韓国・朝鮮語の数体系も二本立て>
数字(固有数詞)(「みんなが知りたい韓国文化」中記事)

数字(漢数詞)(「みんなが知りたい韓国文化」中記事)

日本は漢字文化圏に属すると述べたが、漢字文化圏に属する国には中国、韓国・北朝鮮、ベトナムもある。韓国・朝鮮語の数体系は日本語に似ていて、純朝鮮語式と漢語式の二本立てで、いずれも10進法だ。詳しくは上ページをご覧頂きたい。

韓国・朝鮮語は多くの日本人にとって外国語なので(在日韓国・朝鮮人には母国語として話せる人もいるだろう)、上に挙げた数は勉強しないと言えないはずだ。韓国・朝鮮語では、時刻を言うとき「時」を純朝鮮語式で、「分」を漢語式で言うのが慣習なので、すらすら聞き話しができるまでには時間がかかる(日本語では「時」「分」ともに漢語式)。韓国・朝鮮語を勉強すると、外国語としての日本語の難しさが想像しやすくなる。漢語と固有語の使い分けは漢字文化圏の独特な問題であり、煩雑だ。以前の記事でも述べたが「桜もさよならも日本語」(丸谷才一著、新潮文庫)巻末の「附録2 和語と字音語の見分け方」(pp.258−261)で、和語と字音語の区別を勉強するとよい。外国人の日本語学習者には難しいかもしれないが、日本語の語感について簡便にまとまっているので一読するとよい。

余談だが、韓国・朝鮮語の語彙は日本にもいくつか入っている。例えば、韓国・朝鮮語で1は「하나(ハナ)」だ。

ハンゲーム(Wikipedia)

オンラインゲームサイトの老舗「ハンゲーム」は韓国の会社による運営で、ハンとはハナの変形だという。「ちょっと一ゲームしない?」という意味になるそうだ。

はな(Weblio辞書)

なお、日本語で「はなから違う」などと使う「はな」は和語だ。上ページのWeblio辞書(三省堂 大辞林)で「はな【端】」の項にこうある。「〔『はな(鼻)』と同源〕物事の最初。『−からやり直す』『−からわかっていた』」

<ベトナムは漢字文化圏>
ベトナム語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

数詞−ベトナム語(「CyberLibrarian」中記事)

ベトナム語の数体系も、ベトナム固有語式と漢語式があり、いずれも10進法だ。ただし、ほとんどの場合、固有語の数詞が用いられる(参照 Wikipedia 漢数字 4.4 ベトナム語)。

ベトナム語 1.1 表記法の歴史(Wikipedia)

チュノム(Wikipedia)

ベトナム語は、現代ではローマ字表記(クオック・グー、漢字では「国語」と書く)しているが、過去には漢字とチュノムを用いていた。漢字が公式に廃止されたのは20世紀半ばだという。ベトナム語の語彙には漢語がしばしば見つかる。人名にも中国式の姓名がある。

漢数字 1 字(Wikipedia)

上のWikipedia記事には、ベトナム語の数詞のチュノム表記が載っている。数詞のチュノムには、日本銀行券のようなかしこまった感じがある。個人的には格好いい表記だと思う。

會保存遺産喃−Nôm tools(英語→チュノムや漢字→チュノムの辞書検索あり)

上のページは、チュノムのオンライン字典だ。日本人がベトナム語を学習する際は、漢字やチュノムを手がかりにすると便利だ。

<中国の言語は中国語だけではない>
中国語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

上海語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

広東語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

中国語の数体系は上の3ページに詳しい。いずれも10進法だ。日本人は中国語と一口に言ってしまうが、同じ字であっても地域によって発音の違いが大きい。

中国語 3 方言(Wikipedia)

上ページのWikipedia記事によると、中国語の方言は大きく見ても7つある。同ページの「3.3 標準語」によると、「北方語の発音・語彙と近代口語小説の文法を基に作られた『普通話』(プートンファ)が教育や放送で取り入れられ、標準語・共通語とされている」。NHKの中国語講座では「普通話」を教えている。なお、個々の方言は、会話こそ通じないものの、書き言葉は多く共通しているという。

<アラビア語はクルアーン(コーラン)の勉強に欠かせない>
アラビア語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

アラビア語の数体系は10進法だ。ただし、1から99まで「1の位+10の位」形になっている。なお、上ページではアラビア語をローマ字化して表記している。

アラビア語の数詞 1.1 命数法(Wikipedia)

上ページのWikipedia記事によると「アラビア語では大数の扱いは、英語などと同様に3桁ごとの組に区切る方法が採用されている。また、その3桁ごとの組内では100の位、1の位、10の位という順に並ぶ」。数の唱え方が、日本語や英語とはだいぶ異なる。国勢調査の数値を読み上げるときは苦労するだろう。

(補足:しかしながら、英語が属するゲルマン語派のうち、ドイツ語、オランダ語、デンマーク語は、1から99までを「1の位+10の位」形で呼ぶ。100を超えると「100の位+1の位+10の位」になる。更に大きくなると「一億の位+百万の位+千万の位」→「十万の位+千の位+一万の位」→「100の位+1の位+10の位」となる。語彙こそ異なるが、位取りがアラビア語と同じ方式になる。

古英語の特徴(「日本エトルリア協会」中記事)

上掲のPDF文書の2ページ目に、古英語の数について解説がある。英語も、古英語の時代には、21以上を「1の位+10の位」形で呼んでいたという)

アラビア語の数詞 2 基数詞(Wikipedia)

アラビア文字(Wikipedia)

インド数字(Wikipedia)

アラビア語はアラビア文字を使い、右から左へ、筆記体のようにつなげて、横書きする言語だ。ただし、数字やアルファベットは左から右へと書く。また、数字は「ヒンディー数字(インド数字、現代のインドで使われる数字とおおよそ同じもの)」を使う(いわゆる「1234567890」の書体の数字を「アラビア数字」と呼ぶが、これはインド→アラビア→ヨーロッパと伝わった数字がヨーロッパで字形変化したものだという。詳しくは上掲の「インド数字」のページを参照)。上ページの「アラビア語の数詞 2 基数詞」の項目で、数詞のアラビア文字表記を確認できる。なお、日本人の大半はアラビア文字を読めないと思われる。上掲の「アラビア文字」のページで文字の一つ一つを確認できる。

アラビア語(Wikipedia)

上ページによると「イスラム教のクルアーン(コーラン)はアラビア語で詠唱して音韻をふむように書かれ、またアラビア語原典がアッラーが人類に与えたオリジナル版とされるため、翻訳は教義上原則禁じられる。クルアーンの勉強や暗誦は敬虔なイスラム教徒の必須の義務とされるが、クルアーンを学ぶためには必然的にアラビア語を読めなくては」ならない。宗教上の理由でアラビア語を学習する人は少なくないようだ。

最近、日本は外国人旅行者の取り込みに熱心だ。観光産業などが、イスラム教徒でも問題なく食べられる食材「ハラール」の導入を進めている。

ハラール(Wikipedia)

今後、ハラールのアラビア語表記が町中に出回るかもしれない。

イスラム教(Wikipedia)

シャリーア(イスラム法)(Wikipedia)

イスラム教やイスラム法は、日本人の宗教観や法精神とは大きく異なる。日本人の価値判断基準が何なのか、説明できることが彼等との紛争・戦争を避けるために必要となるだろう。イスラム教は元来平和を求め、他宗教との共存を認める宗教だという。彼等の立場を立てつつ、日本人の立場を主張するバランス感覚が必要になる。

本節では、日本語等の数体系について考察した。今回までの記事で、NHKが開設している語学講座の言語全てについて、数体系の考察を一応行うことができた。海外旅行会話集の書籍には、数と挨拶の単語が必ず載っている。外国を訪れる際、まずこの2種類の語彙が聞いて分かる必要がある。挨拶をするのはどこの国でも最低限の礼儀だし、海外に行って金銭の支払が発生しないことは普通ないからだ。外国語の数体系に関する一連の記事が外国語への興味・関心を高め、外国語学習の一助となることを願う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(あとがき)当記事へのコメントは Facebook のメッセージ経由でお願いします。

Facebook:進藤政幸