不定期記事「探索者」

作成日:2014/09/23
最終更新日: 2016/07/23
作成者:しんどうまさゆき

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本節では、スコットランド・ゲール語およびケルト語派の数体系について考察したい。

<ケルト人、ケルト国、ケルト語派>
「ケルト」という言葉を初めて聞く人は少なくないだろう。英語学習のついでにイギリス周辺の文化を調べる程度しか、日本人には知る機会がないからだ。世界史の教科書でも、古代ローマや古代ギリシャに比べれば取り上げられる情報は微々たるものだ。

ケルト人(Wikipedia)

ケルト人とその歴史については上ページに詳しい。歴史を大づかみに捉えると、インド・ヨーロッパ語族に属するケルト人は、ローマ人やゲルマン人よりも早くヨーロッパに移住した。初めはフランス北東部、後にヨーロッパに広く分布した。更に後には、ローマ人やゲルマン人がヨーロッパ大陸を支配するようになり、ケルト人は辺境に移住する。現代のアイルランド、スコットランド、ウェールズ、マン島(イギリス)、コーンウォール地方(イギリス)、ブルターニュ地方(フランス)である。

ケルト国(Wikipedia)

現代のケルト文化が残る国・地域については上ページに詳しい。繰り返しになるが、アイルランドなどの6つの国・地方が現代の「ケルト人の国」と呼べる地域だ。

ケルト語派(Wikipedia)

上ページに詳しいが、ケルト人の言語はケルト語派に属する。現代でも生きているのは、アイルランド語、スコットランド・ゲール語、ウェールズ語、マン島語、コーンウォール語(ケルノウ語)、ブルトン語(ブルターニュ語)だ。ただし、マン島語とコーンウォール語は最近人為的に復活させた言語で、社会言語としては死語である。なお、スコットランド語はスコットランド・ゲール語とは異なる。スコットランド語はケルト語派の言語ではない。中英語(11〜15世紀頃の英語)から分離した、英語とごく近い関係にある言語だ。

<ケルト語派の数体系>
ケルト語派の数体系を以下に列挙する。なお、比較対象としてスコットランド語(ゲルマン語派)も紹介する。

スコットランド・ゲール語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

ウェールズ語の数体系(旧式)(「思索の遊び場」中記事)

ウェールズ語の数体系(新式)(「思索の遊び場」中記事)

マン島語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

ブルトン語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

Numbers in Cornish(Omniglot)(コーンウォール語(ケルノウ語)の数体系)

Numbers in Irish(Omniglot)(アイルランド語の数体系)

スコットランド語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

上の各ページを元に、ケルト語派の数体系を以下の表に整理した。

言語名A x 20 + B 形で呼ぶ範囲40 + C 形で呼ぶ範囲10進法で呼ぶ範囲
スコットランド・ゲール語(Qケルト語)1−99なしなし
マン島語(Qケルト語)1−39、60−9940−59なし
ウェールズ語(旧式)(Pケルト語)1−49、60−99なし50−59
コーンウォール語(ケルノウ語)(Pケルト語)1−49、60−99なし50−59
ブルトン語(Pケルト語)1−20、40−49、60−99なし21−39、50−59
アイルランド語(Qケルト語)なしなし1−99(*1)
ウェールズ語(新式)(Pケルト語)なしなし1−99(*2)
スコットランド語(ゲルマン語派)なしなし1−99(*3)

(*1)1−19では、10進法とも20進法とも言える。aon déag, dó dhéag, trí déag, ... という構造で、語順は「1の位+10の位」だ。20−99では「10の位+1の位」なので特殊な印象がある。しかし、1の位と10の位の分かち書きは統一されている。日本人の感覚では、少々違和感があるものの10進法とみなせるだろう。

(*2)語順が「10の位+1の位」で全て統一されており、10の位と1の位も分かち書きされている。日本語の10進法とほぼ同じと言える(11−19を「1 × 10 + A」と呼ぶ点が異なる)。

(*3)1−19では、10進法、12進法、20進法が混合している。21−99では10進法。英語の数体系と同じ。

1から100までの数え方は、6言語のそれぞれで異なる。しかし、A x 20 + B 形の数え方がしばしば見つかる。ケルト語派はインド・ヨーロッパ語族に属するが、同じ語族のゲルマン語派、スラヴ語派、ロマンス諸語に A x 20 + B 形はなかった。ケルト語派は、インド・ヨーロッパ語族の多勢に反して、この独特な方式を使い続けたように見える。A x 20 + B 形の数え方は「純粋な20進法」と呼んでもいいだろう。

歴史的には、アイルランド語、スコットランド・ゲール語、マン島語の三者はゲール語(Qケルト語)から分化しており、ウェールズ語、コーンウォール語(ケルノウ語)、ブルトン語の三者はブリソン諸語(Pケルト語)から分化している。2つの系統で A x 20 + B 形の数え方があることから、アイルランド語も過去には A x 20 + B 形 を使っていたと思われる。

<純粋な20進法>
二十進法(Wikipedia)

上ページに詳しいが、20進法は世界各地に点在している数体系だ。マヤ文明(およびその子孫が使うナワトル語)、アイヌ語、バスク語、ケルト語派、フランス語、グルジア語などの数体系(命数法)には20進法がある。このうち、10進法と混合しているものではなく、純粋な20進法の言語を取り上げよう。

アイヌ語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

グルジア語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

バスク語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

ナワトル語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

ツォツィル語の数体系(「思索の遊び場」中記事)

地方も言語も様々である。純粋な20進法は、世界各地で独立に発生したようだ。ケルト語派の20進法は、インド・ヨーロッパ語族の中でも例外的に、たまたま思いついたのかもしれない。純粋な20進法の極みはマヤ文明の末裔であるナワトル語とツォツィル語だ。A x 20のn乗 + B 形で、どこまでも続く構造をしている。ナワトル語の数体系のページには「cen-tzon-xiquipilli = 205 = 3200000」とあり、320万を超えても20進法を適用している。

<大陸のケルト人>
ケルト語派について、もう少し調べておく。

大陸ケルト語(Wikipedia)

上ページから補足の上、引用・抜粋する。「大陸ケルト語(たいりくケルトご、Continental Celtic)とは、ケルト語派に属する言語のうち、ゲール語(Qケルト語)とブリタニック語(ブリソン諸語、Pケルト語)のいずれにも属さない言語の総称である。」「結局この分類(「大陸ケルト語」という分類)自体は側系統的で、島嶼ケルト語でないケルト語の総称という以外に意味はないと考えられている。ただし十分な資料が存在しないため、歴史言語学でいう比較再構が十分に使えないことには留意すべきである。」

ヨーロッパ大陸にもケルト語派の言語は様々にあったと思われるが、十分な資料が存在しないため、各言語の詳細や親子関係はよく分からないようだ。しかしながら、上ページによると、実証されている言語にガリア語がある。

ガリア語(Wikipedia)

上ページから引用する。「ガリア語(ガリアご、Gallic)とは、古代ローマ時代のヨーロッパの地域ガリアで話されたケルト語派の一言語。ゴール語 (Gaulish) ともいう。」「ガリア人がローマ帝国支配下に入り、征服者の言語であるラテン語が流入するとガリア語に代わってラテン語の変化した俗ラテン語(に後の古フランス語やそれにゲルマン語派が影響を与えたフランス語の元の言語)がひろく使用され(これは現在のガロ・ロマンス語となっている)、ガリア語は6世紀までに死語になっていった。」

ガリア(Wikipedia)

古代ローマ人がガリアと呼んだ地域の範囲は上ページに詳しい。大まかには現代のフランスに相当する地域だ。「3 主なガリア部族」の項目には以下の記述がある。「ガリアでは、ケルト人とゲルマン人が混住していたと考えられ、一口に「ガリア人」といってもどちらなのか厳密に区別しかねる部族も少なくない。」フランスは2000年以上前から多民族社会だったようだ。

ガリア人(Wikipedia)

ガリア人について、Wikipediaでの解説は以下のようになっている。「ガリア人は、ケルト語派を話すいわゆるケルト人のうち、ガリア地域に居住してガリア語あるいはゴール語を話した諸部族の人々を指す。」「ローマ帝国の支配に組み込まれたガリア諸部族はローマへの同化が進み(ガロ・ローマ文化)、やがてゲルマン人とも混血が進んで、後のフランク王国・フランスを形成していった。」「現代のフランス人には、ガリア人を自分たちのルーツ・祖先として意識している者もいる。このため、東欧系・アラブ系・トルコ系・アフリカ系の移民系フランス人や、ユダヤ系フランス人、ドイツ系のアルザス人に対して、フランスにルーツを持つ白人をゴルワ (Gaulois) 、つまりガリア人と呼び分けることがある。」

ゴロワーズ(Wikipedia)

フランスのタバコの銘柄に「ゴロワーズ」がある。F1やWRCの車両に、企業宣伝としてゴロワーズのロゴが使われたこともある。上ページからの引用だが「gauloisesという語は直訳で「ゴール人の女」を意味する。「ゴール」とは現在のフランスにあたる地方の古名。」「パッケージには翼のついた兜のイラストがあしらわれている。この兜は古代ガリア人の騎士たちが用いた防具で、フランスの伝統的な兜である。」ケルト人がフランス人のルーツの一つだという意識は、現代でも強いようだ。

<フランス国内のフランス語の数体系は複雑>
以上の「大陸のケルト人」の調査からすると、フランスではかつて、ケルト人のケルト語派とローマ人のラテン語が混在していた。二者の数体系は全く異なるものだ。フランス国内のフランス語の数体系は奇妙なほど複雑だが、このあたりの事情が影響していると思われる。

本節では、ケルト語派の数体系が「A x 20 + B 形」であることを述べた。また、「A x 20 + B 形」の数え方を「純粋な20進法」と仮に呼び、世界各地に同様の数体系があることを見た。次節ではフランス国内のフランス語の数体系について考察したい。

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