不定期記事「探索者」

作成日:2011/04/17
最終更新日: 2011/06/06
作成者:しんどうまさゆき

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<東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の発生>
平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(2011/03/11発生、M9.0)を端とする東日本大震災は、一万人を超える死者、そして一万人を超える行方不明者を出すに至った。千葉県でも地震および津波の被害があった(マスコミの報道は旭市に偏っているが、津波の被害は九十九里浜沿岸の市町村全域に渡っている。千葉県から近い茨城県潮来市、鹿嶋市、神栖市は千葉県内よりも地震の被害が目立って見られる)。被災者の方々にお見舞い申し上げます。

震災が引き金となった、福島第一原子力発電所事故は、事態の収拾が一進一退である旨の報道が、政府機関およびマスコミから連日伝えられている。2011/03/12には、福島第一原発の半径20km以内の住民に避難指示が政府から出された。さらに2011/03/17には、半径20-30kmの住民に屋内退避指示が出された。2011/04/10には、原発から発生した低濃度放射能汚染水を海洋投棄する作業が行われた。2011/04/16現在、原発から発生した高濃度放射能汚染水を海中や地下に漏出させないための対策が取られているが、一進一退の状態だ。

<放射線の人体への影響は想像とは違う>
最近、事故対応の妥当性を根本から覆す衝撃的な主張を発見した。

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 1(YouTube)

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 2(YouTube)

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 3(YouTube)

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 4(YouTube)

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 5(YouTube)

福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 6(YouTube)

稲恭宏(Wikipedia)

「現在の放射線量では、原発の敷地内ですら防護服を着る必要がない。原発周辺地域に発令された避難指示も屋内退避も、当然必要ない」「野菜や原乳の廃棄、家畜の殺処分は全く不要」「福島県内の方は換気扇を回して、放射性物質を積極的に取り込んでほしい。換気によって屋内の空気を衛生的にし、さらに温めれば、今回の量の放射性物質はむしろ健康増進になる」「日本人はヨーロッパの人種とは食習慣が異なり、わかめ等の海産物の摂取を通して安定ヨウ素を十分な量、甲状腺に蓄積している。そのため、安定ヨウ素剤を服用せず、放射性ヨウ素を摂取したとしても、体内には蓄積されず、甲状腺癌にはならない」「IAEAの事務方は私の研究・発表した低線量率放射線について不勉強なので、国際的な放射線の安全基準はまったく間違ったまま50年を経ている。しかし、トップの方は私の論文を探し読んで、絶賛してくださった」等、動画では仰天の主張と、それらの証明が次々と飛び出している(ただし、講演日である2011/03/25現在での情報であることに注意)。

<福島第一原子力発電所事故への対応は科学的か>
稲恭宏氏のように「低線量率放射線は人体に有益である」との主張を「放射線ホルミシス学説」という。これに対して「放射線は、どれほど微量であっても人体に悪影響を及ぼすと仮定する」主張を「LNT仮説」という。政府の対応はLNT仮説に基づいている。ホルミシス学説者は、LNT仮説では説明ができない現象が多数あることを指摘している。

財団法人 電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センターは「放射線ホルミシス効果については中立的な立場をとっている」(放射線安全研究センター 放射線Q&A「少量の放射線を浴びると逆に体にいい効果がある」と聞いたことがあるが、具体的にはどのようなものか?)。

LNT(しきい値なし直線)仮説について」では、LNT仮説が生まれた経緯を紹介している。国際放射線防護委員会(ICRP)でも、「この仮説は放射線管理の目的のためにのみ用いるべきであり、すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない」との立場だという。

放射線安全研究センターのウェブサイトではいくつか、LNT仮説の矛盾を指摘する資料が見つかる。「私たちは日常生活でどの位の量の放射線を浴びているのか?(放射線Q&A)」では、「『一度にどれだけ被曝したか(線量)』だけでなく、『その量をどのくらいの時間かけて被爆したか』(線量率)についても考慮する必要がある」という。稲恭宏氏の講演でも指摘されているが、「ミリシーベルト」の数値(積算の線量)だけでは意味がなく、「ミリシーベルト毎時」の数値(線量率)も必要になるとのことだ。

食物に放射性物質が入っているが、人体に影響はないのか?(放射線Q&A)」にあるが、自然から受ける放射線量の世界平均は年間2.4ミリシーベルトだという。なお、日本は年間0.41ミリシーベルトで、世界平均より低い値だ。

原爆症のニュース等から、多量の放射線を浴びると危険であることはわかるが、少量でも放射線を浴びると危険なのか?(放射線Q&A) 」にあるが、自然放射線レベルの高い地域の住民を調査したところ、年間5〜15ミリシーベルト程度の放射線を受けてもリスクが上昇しないことが示されるという。住民には子供も含まれるし、調査には30年かけたものもある。また、極端な例だが、広島・長崎の原爆被爆者12万人を戦後50年以上調査しても、100ミリシーベルト以下の低線量域においては明確なデータは得られておらず、放射線の影響については十分に分かっていないという(統計的手法を用いた病気等の分布あるいは規定因子に関する研究を「疫学」という(「疫学 2.概要」(Wikipedia)))。小佐古敏荘東京大学大学院教授は内閣官房参与を辞任する際(2011/04/30)「子供への被曝の限度量は、通常の放射線防護基準に近い(年間)1ミリシーベルト以下に抑えるべきだ。年間20ミリシーベルトはとんでもなく高い数値だ」と主張した。しかし、今までの資料からすれば、年間100ミリシーベルト以下の基準に緩めても問題ない可能性がある。避難によって経済活動を行えなくなる損害と、心身の安全とは個々人の判断で天秤にかけられる問題なのではないか。

コバルト60が鉄筋に混入したアパート住民の健康影響調査」では、台湾でコバルト60線源がリサイクル鉄鋼に混入し、アパートの鉄筋に使われた事件について、アパート居住者を調査したところ、がん死亡率が一般公衆の3パーセントにまで大幅に低下したことや、先天性奇形の発生率も一般人の発生率のおよそ7パーセントに減少したことが分かったという。この調査結果にはカナダの疫学調査の専門家が研究に加わり、さらに詳しい調査が行われることになったとのことだ。

<放射線への対応は各人が自分で判断すべき>
IAEAを初めとする体制側の安全性基準を否定している他、自身の家系が神職だと公言していることへの反応か、稲恭宏氏の主張には反論も多い(Google で「稲恭宏」を検索すると簡単に見つかる)。「稲恭宏の発言は、神道に傾倒した宗教色の強いものだ」「発言の端々に愛国主義が見受けられ、冷静な視点、客観性を失っている」「権威主義的」「学説はインチキ」「東京電力から研究費用を提供してもらっている御用学者」「数字に基づいて有害性がほぼ無視できると言われても、人為的な放射線はなるべく排除するのが正しい態度だ。人間の心情として、自然現象にはあきらめがつくが、人為的なものは納得がしにくいことを考慮するべき」「低線量率放射線の健康への影響は、十分な量の研究結果がない。ひとまずは悪影響があると仮定し、保守的かつ慎重な態度をとるのが政策としては適切だ」「低線量率放射線にも害があるとの調査結果が出ている」等、多種多様だ。

比例の関係は化学の法則にしばしば現れる。中学校で習う「質量保存の法則」はその一例だ。ただし、質量保存の法則は近似的には正しいが、厳密に正しくはない。現代物理学では、何もないはずの真空から電子と陽電子のペアが突然出現することが認められている(「無 4.1 物理学」(Wikipedia))。微小な世界と、それよりも桁違いに大きい世界では、法則が別々になることがある。

現在、政府は稲恭宏氏の主張を慎重に聞きつつ、IAEA寄りの「常識的な」政策を取っているようだ。莫大なコストがかかる「安全だとの評価が多い」原子力安全政策と、稲恭宏氏の提唱する「非常識な」政策と、どちらが正しいのか。これは国民の代表たる政府であっても、単独で決めるべきではない。双方の主張を公開討論させ、被災者を含めた国民投票で決めるべきだ。それこそ「覚悟を決める」ことが必要だと思う。

<放射線についての判断材料>
科学雑誌「Newton 2011年7月号」(2011/05/26発行)では、折よく「原発と放射能」を特集した(Newton バックナンバー検索)。本稿でまとめたように、低線量率放射線の人体への影響は、専門家ですら意見が不一致であり、よく分かっていないことを述べている。その他、「福島第一原発事故の近況」「原子力発電の仕組みと放射性廃棄物の処理」「東日本大震災後に懸念される大地震」「浜岡原発が危険視される理由」をまとめている。巨大地震と原発事故に対する心配事をだいたい網羅して解説しているので、地震・原発事故の被災地の方々がご一読なさると、多少は安心されるのではないかと思う。市区町村の図書館本館には置いてあることが多いので、ご一読をお薦めする。