不定期記事「探索者」

作成日:1999/12/25
最終更新日: 2008/10/27
作成者:しんどうまさゆき

ホーム > 不定期記事「探索者」 >

分かりやすい表現で文章を書くにはどうすればよいのか。
前回(1999/12/24)紹介した「『分かりやすい表現』の技術」 (藤沢晃治著、講談社ブルーバックス刊、1999) は、このことに詳しい。皆さんも一読されることをお薦めします。 以下に、この本の主張の中で、恐らく誰しもが唸るだろうことを説明したいと思います。
筆者は「おもてなしの心を持て」「『受け手』のプロフィールを設定せよ」 「『受け手』の熱意を見極めよ」「大前提の説明を忘れるな」など、 16のルールを守るように求めている。16個のどれも欠かしてはならないものだが、 特に注目したいルールが1つある。「大前提の説明を忘れるな」である。
本書に以下の記述がある。教員をはじめ、文書を書いたり、 発表をする人間が注意すべき点を、明晰に描写している文である。
・・・初心者向けマニュアルを執筆するためには、二つのことに理解がなければ なりません。一つはパソコンの知識であり、もう一つは初心者の発想です。 パソコン・マニアはパソコンの知識が十分でも、もう一つの「初心者の発想」に欠けるのです。 もちろん、パソコンをよく知らない初心者も、これまた失格です。初心者の発想に 対する認識が十分でも、今度はパソコンの知識がありませんから、こちらもお話になりません。 このケースでは、最適任者は「初心者卒業ホヤホヤ」の中級者です。 (「『分かりやすい表現』の技術」p72)
・・・たとえば製品開発の技術担当者が取扱説明書を執筆させられたりします。 その製品に技術的には十分精通しているのですが、たいていは、ユーザーの視点、 発想には乏しく、「分かりすぎて分からない」現象に陥るのです。 もちろん、精通者、専門家がすべて説明者不適格ということにはなりません。 受け手の視点、受け手の発想にも十分留意すれば、精通者、専門家こそが、 説明の達人にもなれるのです。(「『分かりやすい表現』の技術」p76)
これを私にあてはめると、コンピュータの操作説明を分かりやすいものにすることは 簡単にできる。コンピュータ使用歴は1年半程度だからである。また、使い初めの時期は様々な失敗をした。 逆に、英語の文法を説明するのは至難の業である。念のために言うと、英語の文法は コンピュータの操作説明よりはるかに難しい規則体系である。だが、ここではとりあえずそれを無視する。 英語が得意な人間はあまりにすらすらと文法を覚えているので、説明する言葉を持たない。 英語の歴史や文法についての書物を読んで、ある程度は初心者に準備できる。 しかし、これなら大丈夫と思った説明が通じないことも多い。
例えば、高校生に関係代名詞を説明するとき、2つの文をくっつけることをよくやるだろう。 この方式でもだめな人が中にはいる。塾講師のアルバイトをやっていて、 どうすればいいのかと途方に暮れたことがある。私は危機感を覚え、先輩の授業を見せてもらって 勉強した。ただ、その人のまねをしていても、どうも実感が湧かない。 初心者の「躓く」発想を、私はまったく経験していないからである。 実感を持って生徒の気持ちに立ってはいないので、気分が悪いことがあった。 やはり、これは生徒のためによくないと思う。
できすぎる人間の悩みは、できない人間の気持ちを慮れないことである。 悩んだ経験がないので、同情はしても配慮したふうに見せることしかできない。 だから、私は英語のことを訊かれると、何とも嫌な気分がどこかに残る。 そういう人にものを尋ねるのはやめたほうがいい。質問は中級者にしよう。
ただ、私は3年半塾講師のアルバイトを続けたので、少しづつ生徒の 躓きが分かってきた。生徒の理解や躓きを確認するには、 生徒に質問をすることが重要である。とりあえずは、よくある問題演習や宿題、確認テストを 課し、生徒の回答と正解とを照らし合わせる。これだけでも次回の授業をよりよいものにできる。 企業で新人教育をする際、この「質問と確認」は効果がある。古典的な 方法だが、これをやっていない方が意外と多い。説明だけではだめである。 文章を書くことも、ものを教えることも、読者や学習者の反応を見ることが大事である。